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小椋佳 / 残された憧憬 [井上陽水担当の多賀秀典+星勝が渾身の力を注いだ1974年7月21日発売の第7作目の傑作アルバム 90週間BEST100 星勝曰く『最高傑作だと思う』](LPレコード)

1,080円

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[※国内盤,品番:MR-5046][帯付、歌詞付][盤面=VG、Side Bに目立つ傷2本][ジャケット=VG+、背割れ][※保護内袋を新品交換して配送致します]※[店舗併売の為、時間差で売切れの場合がございます。何卒ご了承の上ご注文をお願い申し上げます] ──────────── 収録曲 [A面] 落書I (小椋佳詞,曲·星勝編曲) 落書II (小椋佳詞,曲·星勝編曲) A1:花化粧 (小椋佳詞·星勝作編曲) 落書III (小椋佳詞·安田裕美曲·星勝編曲) A2:白い一日 (小椋佳詞·井上陽水曲·星勝編曲) 落書IV (小椋佳詞·安田裕美曲·星勝編曲) A3:野ざらしの駐車場 (小椋佳詞·星勝作編曲) A4:飛べない蝙蝠 (小椋佳詞,曲·星勝編曲) [B面] 落書V (小椋佳詞,曲·星勝編曲) B1:夕ぐれの河に (塚原将詞·小椋佳詞·星勝作編曲) B2:ひときれの青空 (小椋佳詞·安田裕美曲·星勝編曲) 落書VI (小椋佳詞,曲·星勝編曲) B3:糸杉のある風景 (小椋佳詞·星勝作編曲) 落書VII (小椋佳詞,曲·星勝編曲) B4:残された憧憬 (小椋佳詞,曲·星勝編曲) 落書VIII (小椋佳詞,曲·星勝編曲) 唄 : 小椋佳 ──────────── クレジット ArrangedBy–KatzHoshi[ ArrangedBy[Vocal]–HiromiYasuda(曲:10) MixedBy–SusumuOno(2) Producer,DirectedBy–HidenoriTaga Vocals–KeiOgura ──────────── 解説 : アルバム・残された憧憬 フォーク、ロック、ストリングスを融合したニューミュージックの先駆け。今までの小椋のクラシカルな世界から、キング・クリムゾン的ロックをフィーチャーしたポップスを目指す取り組みがなされた。大野進によると最新鋭の16チャンネルのミキサーを使用。元六文銭の安田裕美、後のYMO・細野晴臣、矢野誠、矢野顕子、林立夫、坂本龍一の先輩だった深町純、まだ10代だった高中正義が参加している。 ザ・モップスの星勝を起用した。 「小椋佳は軽いサウンドだと思った。ロックじゃない。なんでオレが⋯って思ったけど、多賀さんと大野さんの尋常でない音取りの執念に圧倒され、気がついたら一緒になってのめり込んでいた。最高傑作だと思う。」 —星勝 「(『残された憧憬』以後)小椋佳と星勝は切っても切れない関係。」 —多賀英典 「陽水が「今何やってるの?」「小椋佳」「また小椋佳やってるの?」とやっかむように言うので「君は君、彼は彼だよ」と言った。その時までは陽水と小椋佳は別の世界だと思ってたけど、陽水や星勝君、安田裕美君に小椋佳の世界を音楽にしてもらったら、よりドラマチックな世界が表現できるのではないか?そう思って『残された憧憬』を創った。フォークギターとストリング中心からベースとドラムを中心にしたリズムセクションを強調してさ。ロックサウンドだよね。フォークというとギター一本とかの時代でさ。あまりサウンドというものは重要視されてなかったんだ。音取りなんて2時間で終わり、とかね、そんな時代だった。このアルバムから音楽業界もフォークからロックとストリングスを融合した濃厚でよりドラマチックなサウンドに変わっていったんだ。ニューミュージックの先駆けとなった。中島みゆきとか荒井由実が出てくるだいぶ前でさ。 (ja.wikipedia.org/wikiより引用させて頂きました。) https://ja.wikipedia.org/wiki/小椋佳 ──────────── 星 勝(ほし かつ、1948年8月19日 - ) は、作曲家、アレンジャー、ギタリスト、音楽プロデューサー、歌手。英語表記はKatz Hoshi。旧名 まさる。 星勝エピソード 編曲はクニ河内に助言をもらいながら独学。 歌謡曲のアレンジといえばコードだけ書いて演奏家に任せることが多かった当時、『断絶』の制作に関して星は、殆んどの楽器の譜面を緻密に書き込んだと言われている 井上4作目のアルバム『氷の世界』でサウンド・プロデュースを手がけた。アナログ・レコード総生産数第1位のアルバムとなった。第2位は小椋佳の『彷徨』。井上の「二色の独楽」で日本レコード大賞の編曲賞を受賞している。 『「多賀さん、他に何やってるんですか?」と訊いて渡されたのが小椋佳の「青春」。当時小椋のアレンジャーは小野崎孝輔でクラシック出身。ロック絶対主義だったので、軽いサウンドだなぁ程度の感想を持って全く別世界の人だと思っていたら、多賀さんに「小椋佳やってみない?」と言われて「何でオレが…」と思った。そうしたら「陽水や安田裕美に好きに曲を書いていいよ」と多賀さんが言うのでその気になりました』と述懐。 多賀に唆されて小椋の「残された憧憬」に着手。「多賀さんと大野さんの、小椋さんのアルバムにかける尋常ではない執念に圧倒されて、すぐ一緒になってのめり込んだ。最高傑作だと思う」「小椋のナイーブな部分をどうサウンドにしていくかに全力投球した。クラシカルでナイーブなロックサウンドがあるということを思い出しました」と語っている。 小椋が譜面も読めずギターも弾けないため、曲を付けにくい詞は星が作曲を手掛けることが多かった。世間で小椋の曲と認知されている曲が、実は星の曲であるという例は数多い。井上と共作の「白い一日」や「坂道」も小椋ヴァージョンは星が全面的にサウンドプロデュースをしている。本人達はお互いの音楽性に疑問符を持っていた様だが、多賀曰く「小椋と星はサウンド的に切っても切れない関係」。 多賀に小椋の「シクラメンのかほり」と「めまい」のアレンジを依頼され、この時、小野崎孝輔と一緒に作る様と指示を受ける。「星君にこんな感じってスケッチアレンジを渡したら、全部ロックに書き換えられてもどってきた。結局一小節ごと相談しながら作りました。大変な作業だったがロックを全く脈絡も根拠もなく全面に押し出すパワーにはすごいヤツが現れたと舌を巻きました」(小野崎談)。実際「シクラメンのかほり」と「めまい」のオリジナルを聞くと世間のクラシカルなイメージとは裏腹に、リズムセクションが非常にハードに仕上がっている。高中正義と大村憲司と椎名和夫の怪しいフレーズが随所にちりばめられている。これに懲りたのか、「道草」以降、リズム・アレンジとストリングス・アレンジという分担作業が一般的になる。 キティレーベル第1号アルバム「道草」の制作にサウンド・プロデューサーとして参加。 この頃、RCサクセション「シングル・マン」に着手。タワー・オブ・パワーやミッキー吉野が参加したが全く売れずすぐに廃盤となった。忌野清志郎は「モップスは好きだったからあの感じやヴァニラ・ファッジみたいなものを期待したのに、井上のアルバムみたいにされそうになった」と語っている。 「シクラメンのかほり」「俺たちの旅」などで小椋ブーム到来。NHKコンサートで生まれて初めてタクトを振る。小椋と二人「スタンド・スティル」を歌唱。 1977年、当時殆んど無名だった浜田省吾のシングル「木枯しの季節」の編曲をしている。これは浜田のプロデューサーである鈴木幹治とのモップス時代からの繋がりによるもの。現在も数多くの浜田作品の編曲・プロデュースを手掛けている。浜田は当時の星の印象を「今と全然変わらない。凄く穏やかで、あの時も20年以上たった今も全然変わらない。頼りになる凄く良い人だなあと思った」と述べている。 (ja.wikipedia.org/wikiより引用させて頂きました。) https://ja.wikipedia.org/wiki/星勝

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