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NSP / 黄昏に背を向けて [いつだって衝撃をもたらす奴は静かで素朴だった…][1977年11月25日発売第7作目アルバム※国内盤:VF-9013][限定カラーレコード] (LPレコード)

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[※国内盤,品番:VF-9013][限定カラーレコード][帯付、歌詞付(しわ)][盤面=VG+][ジャケット=VG+、角傷み][※保護内袋を新品交換して配送致します]※[店舗併売の為、時間差で売切れの場合がございます。何卒ご了承の上ご注文をお願い申し上げます] ──────────── 収録曲 [A面] A1:あの夜と同じように A2:北北東の風 A3:庭先に夕闇み A4:秋日(しゅうじつ) A5:星も見えない A6:砂浜 [B面] B1:五月雨(さみだれ) B2:踊るダンスは君ひとり B3:朝 B4:夕凪ぎの池 B5:五丁目二番地 B6:揺れるひととき ──────────── バンド : NSP(エヌエスピー)は、岩手県出身の3人組のフォーク・グループ。一関工業高等専門学校の同級生であった3人が在学中の1972年に結成した。 アマチュア時代にはニュー・サディスティック・ピンク(New Sadistic Pink)として、当初はロックを中心に活動していた。しかし、フォーク調の曲でデビューするのにこの名前が似合わないという理由で、頭文字だけ取り出したNSP(N.S.P)というアルファベット3文字のバンド名に変更された。デビュー7周年のイベントで行われた「NSPの新解釈ゲーム」では「ネコ・サル・ペンギン」が優勝。その後、Non Stop Progression、Natural Spirit Paradise、Nasa Shopping Plazaなどがキャッチコピーに使われる。 ──────────── 経歴 : 1972年にそれまで別のバンドで活動していた中村と、サディスティック・ピンクというバンドを組んでいた天野・平賀がニュー・サディスティック・ピンクを結成。彼らのデモテープ(高専祭の「喫茶NSP」のライブを録音し、オーディオマニアの同級生等が編集したもので、ポプコンの応募にも使用された。)を地元NHK盛岡放送局のFMリクエストアワーに前述の同級生等が持込んで放送され、反響を呼び11週間連続1位に。 高専在学中の1973年に第5回ヤマハポピュラーソングコンテストに於いて楽曲「あせ」でニッポン放送賞を受賞し、同年6月「さようなら」でデビュー。翌年、高専卒業を機に上京する。その後1974年に「夕暮れ時はさびしそう」がオリコン11位の大ヒットに、同年のアルバム『NSP III ひとやすみ』はオリコン4位のヒットを記録。その後も、1976年「赤い糸の伝説」がヒットし、叙情派フォークを代表するグループとなる。 1980年代に入りメンバーそれぞれが作曲、プロデュースなどソロ活動が多くなり、1985年には中村貴之が脱退する。澤近泰輔、深浦昭彦を加えて活動するも1987年に平賀和人脱退を機に、活動を停止。その後、天野滋はソロ活動を開始。平賀和人はNSPの所属レコード会社であったポニーキャニオンにディレクターとして入社し、平松愛理、GO-BANG'S、瀬戸朝香、Melodyなどの作品を担当していた。 2002年にオリジナルメンバーで再結成。1月26日、日本青年館大ホールで復活後初コンサート。チケットは1時間で完売した。 2005年2月に19年ぶりの新曲シングル「水のせいだったんです」、アルバム『Radio Days』を発売したが、同年7月1日午後7時8分、リーダーの天野滋が療養中の病院にて脳内出血で死去。天野は大腸癌で闘病中でありながらも、精力的に全国ツアーや諸活動を続けていた。 2008年6月 中村貴之は、ソロ活動を開始し、ミニ・アルバムを発売した。 2019年3月20日より、代表曲の「夕暮れ時はさびしそう」が東北新幹線の一ノ関駅の発車メロディーに使用されている。 2019年7月1日に「夕暮れ時はさびしそう」の舞台となった磐井川堤防に「N.S.Pメモリアルスポット」が設置された。 2021年11月27日、平賀と細坪基佳によるユニット「スリーハンサムズ」としても活動していた中村が肺がんで死去。 2022年11月、一関市市勢功労者表彰(教育文化功労)。 (ja.wikipedia.orgより) https://ja.wikipedia.org/wiki/NSP_(バンド)

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