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荒木一郎 / 口紅色の夜想曲 [フィリップス移籍第一弾 荒木一郎プロデュース 編曲 井上鑑 の第8作目のアルバム] [帯付、歌詞とインサート付(ペーパーマックス創刊号)](LPレコード)

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[※国内盤,品番:S-7021][帯付、歌詞とインサート付(ペーパーマックス創刊号)][盤面=EX][ジャケット=VG+、角傷み][※保護内袋を新品交換して配送致します]※[店舗併売の為、時間差で売切れの場合がございます。何卒ご了承の上ご注文をお願い申し上げます] ──────────── 収録曲 [A面] 01.俺の呼び名はロンリーボーイ 02.ダンスがうまく踊れないのは 03.水色の夜想曲(ノクターン) 04.TELL ME BABY 05.長い坂 06.ビッグ・ボーイの子守唄 [B面] 01.我が青春への追憶(メモリアル) 02.もうJAZZなんか聴きたくない 03.ムーンベースアルファのテーマ 04.テアトルSSのストリッパーから聞いた話より/野良犬 05.YOU ──────────── 解説 : 1977年8月25日にフィリップス・レーベル移籍第一弾アルバムとして発表された通算8作目のオリジナル・アルバム!本作品は荒木一郎自身のプロデュースで編曲には井上鑑を起用!シングル 「俺の呼び名はロンリーボーイ」 を収録。Male Vocal の頂点を極めた傑作アルバム! -- 内容(「Daiki」データベースより) ──────────── 人物 : 荒木 一郎(あらき いちろう、1944年1月8日 - )は、日本の俳優、シンガーソングライター、音楽プロデューサー、小説家、マジック評論家、カードマジック研究家。 東京都出身。母親は女優の荒木道子(1989年死別)。父親は文芸評論家の菊池章一。元妻は女優の榊ひろみ。水木京子(順子)、ナポレオン、枯木華、すずきすずか名義による作品もある。将棋はアマ四段の腕前。 ──────────── 略歴 9歳で文学座アトリエ公演に出演し、俳優としての初舞台を踏む。高校時代はモダン・ジャズに傾倒し、18歳から20までバンドのドラマーをしていた。その頃から作詞と作曲を始める。同級生に佐藤信がいた。1962年、切手コレクションで「第18回全日本切手展」グランプリ受賞。1963年、青山学院高等部卒業。在学中の成績はほとんど「1」ばかりで、「1マイナス」もあったので本来卒業できないところだったが、教師の計らいで論文を提出して卒業を認定された。 文学座に在籍して俳優業を開始、「バス通り裏」でデビュー。一方で音楽の才能も注目され、東海ラジオの番組『星に唄おう』のDJを務め、そのテーマ曲「空に星があるように」で、ビクター音楽産業から1966年に歌手デビュー。同年、「空に星があるように』で」『第8回日本レコード大賞』新人賞を受賞。 1966年、東映『893愚連隊』で映画評論初の新人男優賞受賞。1966年、ファーストアルバム『ある若者の歌』で芸術祭文部大臣奨励賞受賞。1967年、「いとしのマックス 〜マックス・ア・ゴー・ゴー〜」で第18回NHK紅白歌合戦出場。この時期には、一人GS的な評価をされた。 69年から71年までは、3年間休養を取った。そんな状況下でも8トラックカートリッジでの作品発表など地道な活動を続け、1971年に完全復活。謹慎中から東映で杉本美樹や池玲子といったタレントのマネージメントを始めて成功。71年の「ぼくは君と一緒にロックランドにいるのだ」はアレン・ギンズバーグの詩にJ・A・シーザーが曲をつけた作品で高い評価を受けた。同曲はヒッピー、学生運動の時代の雰囲気に合っていた。以後、沢田研二ら他アーティストへの歌詞、楽曲提供やプロデュース、映画音楽担当、映像作品の音楽制作なども含め、幅広い活動を行っている。 (ja.wikipedia.orgより) https://ja.wikipedia.org/wiki/荒木一郎

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