{{detailCtrl.mainImageIndex + 1}}/5

加藤登紀子 / 加藤登紀子73、7.25〜29草月会館ホール[※国内盤,品番:MR9125-6:2枚組][帯付、歌詞カード付] (LPレコード)

残り1点

1,480円

送料についてはこちら

[※国内盤,品番:MR9125-6:2枚組][帯付、歌詞カード付][盤面=EX][ジャケット=VG+、角傷み][※保護内袋を新品交換して配送致します]※[店舗併売の為、時間差で売切れの場合がございます。何卒ご了承の上ご注文をお願い申し上げます] ──────────── 収録曲 加藤登紀子'73 7.25~29草月会館ホール ──────────── 第1部 MR 9125:A[18'02'] [A面] 加藤登紀子作/作曲 1.この世に生まれてきたら 加藤登紀子作詞/作曲 2.陽気なブルース 加藤登紀子作詞/作曲 3.おまえの人生 加藤登紀子訳詞/G.Moustaki 作詞/M.Theodorais 作曲 4.傷心 (L'Home Au Coeur Blesse) 加藤登紀子/T.Children/A Hause 作詞/作曲 5.愛のくらし ──────────── 第1部 MR 9125:B[16'38'} [B面] 加藤登紀子作詞/作曲 1.ぺぺという男 加藤登紀子作詞 / ユダヤ民謡 2.夜のバラ ユダヤ民謡 3.トゥン・バラライカ 加藤登紀子作詞/N.Garda作曲 4.インカの娘 F.Figueredo-Iranin 5.チャランゴ (亡び行くインディオの哀歌) (Candon Del Derrumbe Indio) ──────────── 第2部 MR 9126:A[23'37'] [C面] 加藤登紀子作詞/作曲 1.色即是空 加藤登紀子作詞/作曲 2.子育て地蔵 加藤登紀子訳詞/R Mokuen 作曲 3.アレイ・アレイ・オクスン・フリー (Ally Ally Oxen Free) 加藤登紀子作詞/ルネッサンス俗謡 4.一人の農夫が森を行く 加藤登紀子訳詞/P.W.King,R Stewart 5.テネシー・ワルツ (Tennessee Waltz) 加藤登紀子作詞/作曲 6.あなたの気配 菅美沙緒訳詞/G.Becaud作詞/P.De.Lanoe作曲 7.マリー・マリー (Marie-Marie) ──────────── 第2部 MR 9126:B[22'37'] [D面] 加藤登紀子作詞/作曲 1.ゴリラの夫婦 加藤登紀子作詞/作曲 2.けだるいワルツ 加藤登紀子作詞/作曲 3.海からの願い 加藤登紀子作詞/作曲不詳 4.美しき五月のパリ Hnos Avelos 5.谷間のカルナバリート (Carnavallito Quebradeño) E. P. Zadivar ~花祭り(EI Humahuaqueño) 滝田順作詞/小杉太一郎作曲 6.タベ酒場で聞いた歌 ポリドール株式会社 ──────────── 人物 : 加藤 登紀子(かとう ときこ、本名:藤本 登紀子、1943年〈昭和18年〉12月27日 - )は、日本のシンガーソングライター、作詞家、作曲家、女優。「おときさん」の愛称で親しまれている。 城西国際大学観光学部客員教授を経て、星槎大学共生科学科客員教授(2021年1月現在)。日本訳詩家協会会長に就任(2021年5月〜)。次女は歌手のYae。血液型O型。 ──────────── 自身の生業はあくまでも歌手であり、運動家ではないとしている。 世田谷区立桜木中学校へ転入した際に、京都との違いにカルチャーショックを受けた。6歳上の兄(加藤幹雄:元住友金属工業(現・新日鉄住金)副社長、現在はロシア料理店経営者)と机を並べて勉強をするうちに成績は伸び、東京都立駒場高等学校にはトップ合格した。 高校時代は放送部(駒場放送局)に所属。高2でアナウンス部長を務める。同じ部活に1学年後輩の吉永小百合も仕事の合間に参加していた。 60年安保のデモに高校時代の放送部仲間と参加。その4日後に樺美智子の訃報にショックを受け、翌朝に事件をニュース原稿にし校内放送した。これをきっかけに『樺さんの後を継ぐためにも東大に入ろう』と思うようになった。 東大在学中は学生運動とはすでに距離を置いており演劇活動に熱中。また歌手デビューも決まっていたことから大学からは足が遠のき、6年かけて卒業単位を取得した。 MCやインタビューなどでは軽妙なトークを展開しており、「爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル」で松居直美と共に「知床旅情」を歌った際に、司会の今田耕司に「普段の喋りは意外と漫談口調なんですね」と評されたほどである。 毎年10月1日に「日本酒の日コンサート」を行うほど、日本酒が好きである。また、1971年に大関のCMソング「酒は大関」を歌唱した事により、大関から樽酒が贈られ、これを機に来場客に日本酒をふるまい、自分も飲みながらコンサートをする「ほろよいコンサート」を定期的に行なわれている。 後述する波乱万丈な人生を送ったこともあって「見かけによらず衝動的で軽はずみで、迷いやすくて、行き当たりばったりの人生を送ってきた」と回想している。また、自身の人生や活動について「その全部が、世の中の人に認められたわけではないけども、私にとっては宝ものだし、経験した全てが私の血肉になっているわけです。それも運命。命を運んできたということですね」と述べている。 「生きることは、アップデートすること」という持論を持っており、スマートフォンなども使用して、最新の知識を取り入れている。また、脳を若く保つために新聞の切り抜きをテーマごとにファイリングする、洋服を自らリメイクするなど、アンチエイジングを意識した行動にも積極的に取り組み、2017年に「爆報! THE フライデー」で脳年齢を計測したところ、30歳と診断された。 Twitterを開設して2ヶ月後に「なう」などの用語を覚え、定期的に多用している。 家族との交流も「アップデート」の宝庫であることを語っている。 キマグレン やBABYMETAL などの若手アーティストの楽曲にも理解を示す発言をしている。また、銀シャリ やオリエンタルラジオ などのお笑い芸人に対しても理解を示している。 スポーツなども積極的に見ており、日本人スポーツ選手の活躍に感動した旨を自身のTwitterで度々述べている。 高倉健のファンであり、高倉が亡くなった際には「1960年代に青春を生きた私たち世代にとって、高倉健さんの生きざまはバイブルでした。(中略)亡くなったことを知り、寂しさでいっぱいです。『居酒屋兆治』で妻の役をやらせていただいた思い出、何より大切に、心からご冥福をお祈りします」という追悼コメントを発表している。 2011年の東日本大震災を受けて被災地を訪問したり、チャリティ・コンサート収益金の全額が被災地への義援金に充てられるなど、チャリティー活動も行なっており、2012年5月1日には日本財団により、伊勢谷友介、EXILE、小林幸子、コロッケ、坂本龍一、サンドウィッチマン、杉良太郎、伍代夏子、中村雅俊、はるな愛と共に加藤も「被災地で活動した芸能人ベストサポート」に選出、表彰されている。2013年から開始された「311 未来へのつどい Peace On Earth」には毎年出演している。 (ja.wikipedia.orgより) https://ja.wikipedia.org/wiki/加藤登紀子

セール中のアイテム